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レビュー『TKC基本講座』

 

 

 

 

 

 

 

TKC基本講座 第5版』TKC全国会中央研修所 TKC出版

弊社はミロク情報サービスがメインの会計システムとなりますが、2023年時点ではTKC全国会にも入会のうえ、TKCのソフトも一部使用しております。

TKCは「十勝計算センター」の略ですが、会計事務所業界最大手のソフトベンダーです。

弊社は今のところMJS(ミロク情報サービス)がメインシステムで使っておりますが、こちらのTKCの書籍も読んでみました。

TKC創始者-飯塚毅は博士は「満3年後に、日本のトップクラスの会計人になってしまうための処方箋」として7要件を挙げられ、その第1要件として次のように述べられています。
職業生活上の基本となる参考書は、断固として平均16回は読破する、ぐらいの勢いで精読して頂きたい。このTKC基本講座 はこの参考書に属するものと考える。このために作られたのである。』

もとより、税理士業務成功の要諦は、所長と職員が①『TKC会計人の行動基準書』を遵守し、②独立した公正な立場を堅持して、③巡回監査を徹底断行し、④職業会計人の職域防衛と運命打開を開発コンセプトとするTKCコンピュータを徹底活用して、⑤租税正義の綿密な実現を図りつつ、⑥税理士の4大業務(税務、会計、保証経営助言)を堂々と全面的に展開することにあります。

日本には元来会計事務所の効果的・合法的・発展的運営に関する手引書すらなく、日本の会計事務所を取り巻く社会的環境は貧困すぎる。米・英・独・佛の各国と比較すると、この点の貧困さはぞっとするばかりである。その原因は過去に、日本が国家として、会計事務所の法人化を認めなかった点がもっとも大きいと認められる。

TKCの経営理念。私たちは、お客様の繁栄のために、1.お客様の事業の成功条件を探求し、2.これを強化するシステムを開発し、3.その導入支援に全力を尽くします。

TKC創始者-飯塚毅博士は、日本の税理士についての社会的低評価を除去する方策として、次の2点を提唱しています。1つは国税当局への嘆願事項であり、もう1つは経済社会における情況の変化が、質量ともに激甚さを増している事実に鑑み、イギリス、アメリカの会計人制度に倣って、日本の税理士も生涯研修制度を導入すべきということでした。
そして、職業的会計人は、場合によっては、自分を委嘱した人が自分を解約する可能性がある場合でも、なお他人の意志には従属しないという態度の堅持を意味しており、他の自由職業には類例を見出しえない特性をもつものです。

TKC創始者-飯塚毅博士は、TKC会計人は、ただ一度のこの人生で、職業会計人たることを誇り高き天職と心得ている人達のはず。とすれば心底から関与先のため、職員のため、国家社会のため、と念じて徹底奉仕しなさい、と「自利トハ利他ヲイフ」の実践を推奨しています。
世のため人のため、つまり会計人なら、職員や関与先、社会のために精進努力の生活に徹すること、それがそのまま自利すなわち本当の自分の喜びであり幸福なのだ。そのような心境に立ち至り、かかる本物の人物となって社会と大衆に奉仕することができれば、人は心からの生き甲斐を感じるはずである。

成功する会計人の条件として、世界的に有名な『モントゴメリーの監査論』の概要を紹介する。
(1)正直であること
これは会計人にとって、本質的に重要な資質である。それは会計人があらゆる場面で、業務に良心的であり、細心であることを意味する。また2つ以上の行動が取り得るという場合に、その相互の利点を厳格に区別したり、自分の決定した事項について論証したりするに当たって、いささかも恐怖心を抱かないことを意味している。会計人、その割当業務の遂行や報告を行うに当って、あくまでも良心に従うという態度がないならば、彼には高級な会計人となる可能性がない。
(2)客観的観点に立てること
完全な客観性は一般的に考えられているほど簡単に身につくものではない。それは自分の主観の奥底に、微塵も雑念や先入観の投影を持たないことのできる人間だけが初めて具備することができ、自己探求の上で百錬千鍛してようやく到達できる心境である。
(3)成長力を持っていること
企業の問題や行動は、不断に変化しているので、会計人の頭上には、次々に新しい需要が投げかけられる。したがって、絶えざる研究と機敏さだけが、会計人をしてその需要に対応させてゆく。顧問先への奉仕能力は、この会計人の成長力に限定されるのである。これは意志と内心の祈りの問題であって、学歴の問題はない。
(4)分析的能力をもつこと
重要なことは、監査人が、その報告を受ける人の立場に自分を置いてみる努力を払う事である。たとえ内容に誤りが無くても、相手に理解されない報告は、不完全なものだと知るべきである。監査人は、数字の背景にある事実の分析と解説が出来て、かつ相手に分かるようにその結論を取りまとめることが、出来なければならない。これはまさに健全な洞察力の機能を要求されていることに他ならない。こういう機能は、単に対象的知識の吸収からは生まれてこない。会計人が、自己における主体性の錬磨の必要性を痛感するのは、この局面においてである。

 

 

 

 

  • user 内田
  • time 2024年1月27日
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レビュー『イーロンマスク 上』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イーロン・マスク 上』 ウォルター・アイザックソン 文藝春秋

ここ数年、世界富豪ランキングの上位に入っているイーロン・マスクの初の伝記。
存命時に伝記が出ること自体が凄いことです。

「上」巻はイーロンの祖父の時代から彼自身の誕生から、スターリンクの手前まで。

アフリカで生まれ育ったイーロンが8歳の時に、離婚をした父母や祖父も皆リスクと取る性格とのことでそれを受け継いでいるようでした。
父は精神が不安定で時に言葉の暴力も振るい妄想にとらわれ、心を痛め付けられ、それがイーロン自身の現在の性格にもつながっているようです。
「人とは、父親の期待に添えるようにと生きているか、父親の失敗を償おうと生きているかだと言った人がいる。私が苦労してきたのは、このせいなのではないだろうか」~バラク・オバマ元大統領
本人も自身がアスペルガーであることを、後には、おおっぴらに語ったり、それこそジョークのネタにするようになり、それは子ども時代のトラウマが拍車をかけ、どうしても空気を読むのは下手。

イーロンはブライアンストン高校に通い、プレトリア男子校を卒業しました。 17歳になった1988年、Pretoria Boys高校で大学入学資格を得た後、カナダへの移住までの5カ月間、地元のプレトリア大学に通い、物理学と工学を学びました。
このころには、人生の目標が出来ていた。「人間に大きな影響を与えることがしたいと考えました。思いついたのは三つ。インターネットと持続可能エネルギーと宇宙旅行。

イーロン・マスクが24歳で起業したZip2の経営には、実の弟であるキンバル・マスクも携わりました。さらにイーロン・マスクは4年後の1999年、あのコンパックにZip2を3億700万ドルで売却し、同時に現ペイパルの前身でもあるXドットコムを起業しています。

イーロンの行動は本当にはちゃめちゃ、毎晩遅くまでコーディングを続けて、昼間は昼間で荒々しく気遣いがない。1999年にXドットコムを設立したときも、毎日いらついた様子で事務所をうろつき皆をイラつかせ、もちろんほぼ毎晩机の下で寝て泊まり込み。いまも当時もそうだが、イーロンのやり方は、ありえない締め切りを設定し、なんとか間に合わせろと発破をかける。

ペイパルが軌道に乗って来た時にあまりにも身勝手なイーロンに対して、クーデターが起こりCEOから降ろされることになったが、負けた現実を直視できる。ビジョナリーだが周囲とうまく折り合えない。

イーロンはリスクを追い求める男。彼が作った2社、スペースXとテスラを見ればわかる。シリコンバレーの常識ではどちらもクレイジーな賭け。ですが、うまくいった。イーロンは、ほかの人にはわからない何かをリスクについてわかっているのだろう。

イーロンが宇宙開発を、特に火星に行きたかったのには3つの理由があった。
技術は必ず進歩すると限ったものではない。進歩は止まるかもしれず、後退することさえありうる。月には行けた、でも、スペースシャトル計画は中止となり、進歩は止まった。「月までしか行けなかった、それ以上はあきらめたと子どもたちに言うのでしょうか」
2つ目に、か弱い地球になにごとかあっても、ほかの惑星にも住むようになっていれば人類の文明と意識は生き残れると思うから。
3つ目は精神的なもので、イーロンが冒険者の家系であること、ティーンエージャーのとき、開拓者精神を旨とする国に行こうと決めたこと。

課題を解決していくだけの人生などつまらない。彼はそう感じていた。大いなる夢を追うことも必要だ、と。「それがあればこそ、朝、起きられるというものです。」

スペースXでのロケット開発の中、イーロンも若手技術者も毎晩遅くまで仕事をしては、自分のコンピュータでシューティングゲームをプレイしたり、携帯電話で会議をしたり、デスマッチに突入して朝3時までプレイを続けたり。ゲームをすることが狂っている。
「気が狂いそうな切迫感をもって仕事しろ」とイーロンはよく言う。切迫感は役に立つ。だがこれには歯の側面もある。
イーロンは諦めない、粘り強く前に進み続ける。2回目の打ち上げ失敗について、どうしてそんなに楽観的になれるのか尋ねられた時「楽観的?悲観的?そんなことは知らん。やる。やり遂げる。地獄なんぞものともせず必ずやりとげると神に誓うんだ。」それがイーロンの答えだった。2008年のリーマンショック後の一年は崖っぷちで本当にひどい一年だった。

2008年のイーロンは友人たちからお金を借り、毎晩、ぶつぶつぶつぶつ独り言を言ってたし、手足を振り回して叫ぶこともあった。それを見るのはとても怖かったと二人目の妻タルラは言う。「心臓発作でも起こすんじゃないかと心配で心配で。夜驚症と言うんでしょうか、寝ているのに突然叫びだし、私にしがみついてきたりするんです。恐怖ですよ。彼は追い詰められていて、私はびくびくでした。」トイレで吐くこともあったという。「内臓に来てしまって、叫んでは吐いてました。私はトイレで横から彼の頭を支えてあげました。」ストレス耐性が高いイーロンも、2008年は、もう少しで限界を超えるところまで行ってしまったのだ。「帽子からうさぎを出すような魔法をこなさなければならない、一度ならず二度、三度と繰り返さなければならないのです。そんな状況で、毎日毎日、朝から晩まで仕事をしていました。」とイーロンは言う。めちゃくちゃ太ったかと思うと、一気に痩せ細る。背中は丸くなり、足の指に力が入らなくて歩きにくい。そんな状態でも、イーロンはすさまじい集中力で精力的に仕事を進めた。首つり縄が目の前にぶら下がったことで、いつも以上に集中できたのだ。
その後、4度目の打ち上げが成功しNASAより16億ドルの契約を取り付ける。

イーロンの採用面接も相当個性的。じっと見つめてきたかと思うと1分以上も黙ったりする。そして、候補者について知ろうと真剣になると、技術的なことを事細かにと問う。「相手の力量を評価するのに都合のいい神経回路を持っているようで、ほんの何点か尋ねただけでだいたいわかるんです」とイーロンは言う。

マスクが好きな言葉ー好きな概念でもあるーに「本気」がある。最初の会社では職場文化のあるべき姿をこの言葉で表現したし、それから30年近くも後、Twitterの家族主義文化をひっくり返す際にもこの言葉を使っている。

 

  • user 内田
  • time 2024年1月20日
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