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【本】レビュー『右腕が見た孫正義 「クレイジー」が世界を変える瞬間』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腕が見た孫正義 「クレイジー」が世界を変える瞬間』光分社 アロック・サーマ

インドに生まれアメリカで学生時代を過ごし、イギリスを足場に金融業界の荒波を乗り越えた著者アロックサーマは、盟友のニケシュ・アローナからソフトバンクグループへの参画を進められて入社。会食やゴルフなどから見えてきた孫正義の素顔とは。META社のマーク・ザッカーバーグ、アリババ社のジャック・マーなどとの面会の様子が詳しく書かれていて面白い。

孫はじつは日本人でさえなく、韓国人だ。東京だけでなく、シリコンバレーやウォール街でも名前の知られた人物で、東京はたまたま本社がある場所にすぎない。
ソフトバンクはアリババ株を現金化できる力を背景に、最大手のプライベートエクイティ企業の旗艦ファンドでさえ太刀打ちできないほどの投資余力をもっていた。その額じつに500億ドル以上、レバレッジをかければ、さらに大きな額になる。

当初の孫正義には、通信戦略がすべてだった。彼は、スマートフォン革命の波の乗り、買収を連鎖的に行うことでグローバルな通信企業を立ち上げたいと考えていた。かつてボーダフォンなどが推し進めて失敗してきた戦略だ。例えば、携帯電話端末の調達など、規模の経済性は明らかだが、国ごとの規制制度や技術の違いにより、このグローバル通信企業というビジョンは非現実だった。ソフトバンクに入社し孫の後継者候補であったニケシュ・アローラは、逆に通信事業にはそれほど熱心ではなく、むしろデジタル世界で活用できるコンテンツのほうに関心があり、彼はグーグルの社員時代も、初期のネットフリックスを買収するように提案していたという。

孫正義を突き動かしているものとは何なのだろうか。メディアは、よくあるお決まりの話で納得しているようだった。彼が韓国からの移民の子として貧しい子ども時代を送ったことが並外れた原動力になっているのだと。確かに飢えは強力なモチベーションになる。それは一移民として私も理解していた。とはいえ、世間は逆境と大きな成功との因果関係をやたらと美化する。あのニーチェがいう「苦難が人を強くする」のお約束は、いつも守られるわけではない。ソフトバンクのウェブサイトには、会社の使命として「人々を幸せに」と掲げられていたこの理想主義こそが、孫正義という人物を理解するための鍵だろうか。そしてテック業界の大富豪にとって「幸せ」とは何を意味するのだろう。家族か、お金か、それともインターネット回線か。

初めての孫との面接のとき。「さてと、ニケシュから聞いていますが、あなたは頭のいい方だそうですね」。笑顔でそう言いながら、孫はダイニングテーブルの自分の向かいの席を私に勧めた。物腰は丁寧だったが、それは客観的に事実を述べているようでいて半分は問いかけでもあり、つまり私に力量を証明してみろと暗にほのめかしていた。「ニケシュはとてもやさしい人ですね」と、私も笑顔で答えた。なすべきことは決まった、与えられた時間は1時間。ランチを食べながら”天才”として広く認められた人物に、自分が「頭のいい男」であると証明する。お膳立てはニケシュが整えてくれた。今度は自分ががんばらなければならない。

孫は坂本龍馬に執着をしている、流浪のサムライであり、主君を持たない浪人。彼は19世紀に権勢をふるった徳川幕府に逆らい、封建制度に異を唱えて日本の近代化を強く求め、大胆な夢を抱いた理想主義者であり、ユーモアのセンス実行力を兼ね備える。孫正義はその3つのすべてを体現していた。彼の目標は大胆で、時に突拍子もなく、そして共感ロボットペッパーに見られるように、しばしば理想主義の色を帯びていた。孫が行動の人であることは確か、徹底した現場重視の姿勢はテスラの工場で寝泊まりするイーロン・マスクとちょっと似ているが、最も世に知られていない孫の素質かもしれない。

孫が子供のころ、彼の両親は東京で喫茶店を営んでいた。客足が伸びないときに孫がコーヒーを無料で出してみるように父親に勧めて、お客は無料のコーヒーを求めて来店し比較的値の張るクロワッサンなども買ってくれたという。この戦略はクロスセルと共に客の定着化も促した。この戦略の目的は、市場を支配し、その結果としての価格決定力をもち、そこまで到達すれば、あとは利益のエンジンを全開にすればよく、孫正義にとってそれは、市場シェアの50%獲得に執着する事を意味した。その数字こそが価格決定者になれる脱出速度の閾値であり、ブリッツスケーリングという。これはアマゾン、フェイスブック、アリババなどのプラットフォームモデルには見事に機能する。

あるとき孫は氷のように硬い表情で、視線を部屋の坂本龍馬の肖像写真にじっと向けて「ニケシュ(アローナ)、君とふたりで話がしたい」と私の隣のニケシュに伝えた。その声は背筋と同じくらい硬く、彼は私たちにほとんど顔を向けなかった。それは要望というより命令だった。いつもはバカ丁寧なくらいの孫が、私を退室させることに謝罪もない。私はニケシュのオフィスに引き上げ、彼を待った。1時間後、彼が平然とした様子で笑みを浮かべて入ってきた「終わったよ」即日付で辞任したという。ニケシュは落ち着いて見えたが、私の眼はごまかせない。年俸5000万ドル以上も稼ぐ男がなぜ急に辞める決断をしたのか。「まあ、彼に言われたんだ、当分CEOを退くつもりはないってね。合意してた話と違うけど、それならそれで仕方ない。それと、彼はアームの案件をやりたがってて、とにかく張り切ってるんだ」孫はニケシュを後継者と公言していたし、自分が60歳を過ぎたら彼に権限を譲ることを内々に約束していた。孫は59歳とはいえ、私がこれまで見てきたのは、子供のようにピンポン台で跳ね回る彼の姿だったその姿は健康そのもので、ソフトバンクは彼の人生すべてだ。いっぽう、48歳のニケシュはまさにいま脂がのりきったところで、自分がトップだと証明したくてうずうずしていた。

  • user 内田
  • time 2026年8月29日
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